「僕たちは歩いてゆく。」第十四話:鬼ごっこ

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旅をする意味を、旅をしている間に考えるということは、思えば無粋なことであり、そもそも考え当てられるものではない。初めに用意できなかった意味は、全て終わった後に出てくるものであり、その途中で見出すことはおそらく俺の能力では無理だ。
旅をするにつれて、旅をする前とは確かに考え方が変わった。知識も増えた。経験も少しは豊かになったし、今の仲間との絆も深まったのではないかと思う。
だけど、どこか違う。初めに考えていた旅の姿と、今こうやってみんなで歩いている事実と、そこには差異があり、ズレが生じている。この旅の目的はなんだったか。今では思い出すことができなくなってしまっている。
楽しくないわけじゃない。みんなといろいろな話をし、いろいろな発見ができたのは嬉しかった。ずっとこんな旅をし続けたいと願ってやまないのは、本当のことである。
だけど、ふと我にかえると、そこにはなぜか虚しいような気持ちが漂っている。住んでいた世界に帰りたいというわけではなく、楽しいことでもいつか終わりがくると考えているわけでもない。
旅が、長すぎたのかもしれない。ここは果たして現実の世界なのか、それとも夢の世界なのか。その境界すら分からなくなってくる。
みんなの笑顔がどこか遠い。それはみんなが俺から距離をとったのではなくて、自分から皆よりも遠ざかりたいと思ってしまっているからなのだと思う。
最初の夜、三上さんが『リリイシュシュのすべて』について話していた時のことを思い出した。
『掲示板に参加しているうちに、みんな現実なのか架空の話なのか分からなくなっちゃったらしいよ。リリイシュシュが本当にいるのかどうか、その事件が本当にあったことなのかどうか』
はっきりと頭の中に、浮かんでくる。
そう、俺はもしかしたら怖いのかもしれない。このまま歩き続けて、いったいどこに到達するというのだろう。ひょっとしたら、永遠にこのドリームランドで歩き続けなければいけなくなるのかもしれない。それが、怖かった。
懐かしささえ覚える。大学にいって、授業に出て、先生の話を子守唄に机に突っ伏すことなんて、もうどれくらいしていないのだろう。
よくよく考えれば、旅がはじまってからまだたった三日四日しか経っていないのであるが、俺に望郷の念を抱かせるには、十分な時間だったようだ。
終わらせようと思えば、いつだって終わらせることができる。旅とはそういうものだ。帰ろうと思えばいつだって帰ることができる。
じゃあ、ドリームランドからはどうやって帰るのだろうか。ドリームトレインの発着地はどこにあるのか。最初降り立った場所からは、もうずいぶんと離れてしまっている。
ここは、そもそも本当にドリームランドなのか? それすら疑わしくなってくる。もしかしたらここはパラレルワールドで、人々がいなくなってしまった後の世界なのかもしれない。ドリームトレインは次元を超えることができる乗り物で、だからこそ最初乗り込んだ時に窓の外は白いもやみたいなものがあったのではないだろうか。
絶望した! アニメの一台詞のような言葉が頭の中に浮かんで消えた。
そもそも旅をするということは、どういう意味だったのだろう。単純にいろんな場所を回り、観光し、自分なりの見解を深めることが旅なのだろうか。
じゃあ、この旅は後々振り返った時に、俺にどんな変化をもたらすのだろう。分からない、分からない、分からない。
「ちょっと休憩しようか」
皆に声をかけると、誰も反対する人はいなかった。最初はあんなにもわいわい賑やかだったのに、今ではずいぶんと言葉数が減ってしまったような気がする。
それもそうだ。なぜなら、俺たちはただ歩き続けるしかないのだから。足が筋肉痛になることもなければ、疲れを覚えることもない。お腹が減ったり眠くなったりはするが、しかしそれ以外は、まったくの非日常。
それが、逆に疲れた。肉体的には疲れていないのだけれど、精神的に参った。歩く以外に何があるのか。何かしたい、けれども何をすればいい?
「……そうだ、鬼ごっこをしよう!」
いきなり声を張り上げたのは、前島だった。すでにメモリーカードの容量いっぱいに写真を撮ったらしく、カメラは鞄の中にしまわれていた。
「鬼ごっこかあ。いいな、それ」
「わタシも賛成! なんか楽しそうだよねー。小さい頃やってたものって、今やっても楽しいと思うよー」
座り込んでいたみんなの顔に、生き生きとした表情が戻ってくる。
「いいね。まさかドリームランドで鬼ごっこをするとは思わなかったよ」
一之瀬さんが、おそらく旅が始まってから一番嬉しそうに笑った。
「本当だよね。でも私、運動音痴だからすぐ鬼になりそうだよ」
伊狩さんが照れくさそうな笑みを浮かべた。
「じゃあ、やろうぜやろうぜ! 誰が最初鬼になる?」
「この人数ですからね……鬼は二人にしたらどうです?」
「それいい! 池田、たまにはいいこと言うねー」
「たまにはって言わないでくださいよ」
鬼はじゃんけんで決めることとなり、予想通りというかなんというか、俺が鬼になってしまった。
「空気読んでますね、平岡さん」
みんなが笑ってくれたので、良かった。もう一人は池田氏となり、三十数える間に、皆はばらばらに散ることとなった。
「崖の方は危ないから行くなよー!」
叫んでみたものの、すでにぱつ子や浦町が絶壁の方へと走り去った後だった。
「鬼ごっこだなんて、意外だな」
涼しい風が流れていた。木々のざわめきが大きくなり、波の音に似ていた。
「楽しそうだからいいですけどね」
メガネを直す池田氏。髪がさらさらと静かに揺れた。
「鬼ごっこと言えば」池田氏が何かを思い出したように、言った。「地震や停電が起こらないといいですけどね」
「停電?」
はじめは何を言ってるんだ、と思った。ここは建物の中ではなくて外だから起こることはない。
「――あ、そういうことか!」
池田氏は俺の反応に、嬉しそうに笑った。
つまり、池田氏は前期の演習の内容について言っているのだ。前期は教室がいきなり地震で停電となり、しかしそこでなぜか鬼ごっこを始める、という設定だったはず。
「あれだろ、『拝啓、松本千明殿』だろ?」
「そうですそうです、その通りです!」
前期のリレー小説で出てきたキーワードは三つ。地震、停電、そして鬼ごっこだった。
「よくこんな時に思い出せたな」
「いやあ、鬼ごっこと聞いた瞬間、ふっとでてきたんですよ。だからきっとみんな賛同したんじゃないでしょうか」
「せんせー、バナナはおやつに含まれますか?」
「バナナは主食です!」
アホなやり取りに、思わず笑ってしまった。そうだ、童心を忘れてはいけない。
あの頃はよかった。社会とかオトナとかそんなものを知らず、ただ毎日遊んでいればよかった。体育の授業や給食を楽しみにして、学校が終われば公園で遊んだり、友達の家にいってみんなでテレビゲームをしたり。
俺たちはいつの間に、そんな心を忘れてしまったのだろう。いつからこんなに冷めた人間になってしまったのだろう。
知らなければよかったことが、たくさんありすぎる。Coccoが『この目さえ光を知らなければ見なくていいものがあったよ』と歌っていたのを思い出した。見なくていいものを見すぎたせいで、俺たちは大切な何かを無くしてしまった気がした。
いや、無くしたんじゃない。見失ってしまったんだ。だからこうして思い出すことができる。
そういえば、成長してからみんなで遊ぶこともあまり無くなったな、と思う。中学生の頃くらいまでは、部活の仲間で遊んだりした。でも高校に入ってからは、下校する途中まで一緒に遊んだりしたけれど、駅や方角が違うから途中で別れることも多かった。休日遊ぶにしても、どちらかというと寝たり一人で夜更かしをしたりしていた気がする。
最近はパソコンが普及したり、犯罪が増加したりした影響で、めっきり外で遊ぶ子供たちが減ったのだという。変わりに何をするかというと、家でテレビゲームやパソコンを一人でするらしい。
一人。つまり個人。集団が今の社会で失われつつある、と嘆く人を、テレビの向こうに見たことがある気がした。
例えば、地域の連携。例えば、教師と親と生徒の連携。例えば友達同士の連携。様々な連携の鎖が引きちぎられてしまっているように思えるのだ。
それは国だけが悪いわけでも社会だけが悪いわけでも科学の発達だけが悪いわけでもない。いろいろな事情が重なって起こっているのは明らかである。
だからこそ集団というものについてもう一度問いなおしてみる必要があるんじゃないかと思う。プロレタリア文学の復興とか、そういう意味じゃない。集団の大切さ、集団であることの利点、集団でしかできないこと。『個人』にはしりがちな現代において、『集団』の意味を再度定義し、考えてみることは、もしかしたら幸せな生活を送るために良いことなのかもしれない。
『集団の中でこそ生まれる意見がさ、うーん、今までは一人じゃないと生きていけないとか思ったりもしたけれど、結局はいろんな人が影響して影響を受けているってことなんやと思う』
三上さんが炎の前で呟いた言葉が蘇る。プロレタリアを勉強するということは、集団の大切さについて勉強することと同義だと思うのだ。プロレタリアを勉強して、そこからの発展形という形で、集団について学ぶことができるのだ。今の世の中だからこそ、よりそれが大事なのだと思う。
「おし、そろそろ追いかけますか」
「はい。協力して誰か一人を集中します?」
「そうだな、ぱつ子あたりでも狙うか」
「了解です。市松なら私でも捕まえられそうですね」
「待て待て、それは偏見というものだ」
青空の下に響く、遥かなる笑い声。次のことは忘れよう。今はただ、没頭すればいい。
空では、バニラに染まる青空が、たゆたうように、流れていた。

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