「僕たちは歩いてゆく。」第十三話:どうして人は生きなくちゃいけないんだろう

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皆がやっと追いついてきて、とりあえずそこで少し休憩をとろうという話になった。
「私、ちょっとあっちまで行ってきてもいいですか?」
「いいよ。落ちるなよ」
ぱつ子はどこか楽しそうに、断崖絶壁の方へ移動する。
落ちないだろうな。少し不安になったので、ぱつ子の元へと急いだ。
「あ、平岡さんも断崖絶壁を見たいんですか?」
「まあ、そんな感じかな」
二人並んで断崖絶壁の底を眺める。川の水はゆるやかで、波のない穏やかな風景だった。
「ってか、いつの間にカチューシャがネコミミになってるんだ?」
「さっき歩いてる時に、みんなに寄ってたかってつけられました」
「嫌じゃないのか?」
「特には。かわいいですし」
まあ、否定はしないけれど。
「いいですねえ。思わず飛び降りたくなりませんか?」
「やめろって。死んじゃうから、こんな高さじゃあ」
「平気ですよ。大して差はありませんから」
「……へ?」
虚をつかれた反応に、思わず戸惑ってしまった。
「なんだ、ぱつ子も太宰好きなのか?」
「嫌いじゃないですよ。読み物としては非常に興味深い話を書く人だなとも思います。まあ私が今一番はまっているのはラーメンズの小林健太郎さんですけどね。知ってますか?」
もちろん。というか、この旅がはじまってから池田氏とぱつ子が並んで話をしているのを聞き耳してると、大抵ラーメンズの話ばっかりしている気がする。『かもめ早ぇ!』なんて言いながら浦町の歩くスピードについて言っていたり、歩調に合わせて『ギリギリギリギリジンジン』なんて言ってたりもしていた。ラーメンズは少し教養がないと理解できない部分も多いお笑いコンビだけれど、そこが好きだったりもする。
そういえば、演習のリレー小説で、ラーメンズネタを使ってギャグっぽい小説を書いていたやつがいた。加奈子の嘔吐物の気持ちになって、つらつらと言葉遊びを繰り広げている様が異様に可笑しくもあり、また楽しかった。例えば、彼の書いた小説でいろいろと気になる単語がいくつもでていた。『みんなが被害者であり、きっと加害者なんだと私は思います』、『タンタラタタッタタランチュラ、乱れたステップがお似合いです』、『見ろォ、お腹が黒ゴマプリンのようだァ、本当に馬鹿げています』……本当に、馬鹿げています。
彼が言わんとしていたこととは、いったいなんだったのだろう。今この場にいたら、きっと問いつめていたに違いない。そこに意味はあるのかい、と。
「どうして太宰がでてくるんですか?」
無邪気な顔できょとんとするぱつ子に、俺は一抹の悔いをおぼえた。
「いや、太宰って入水自殺したじゃん。それでそういうことを言ったのかなと思って」
「自殺、ですか? ああ、言い方悪かったみたいですね。別に自殺したいから飛び降りてみたいって言ったわけじゃないですよ。単純に、飛び降りてみたら楽しそうだなって思っただけです」
「なんだ、そういうことか」
内心、ほっとした。人の死を見るのも話を聞くのも、好きじゃない。
「どうして太宰って自殺したんでしょうね? ちょっと気になります」
「そりゃ、プロレタリアだったからだと思うぞ。なんだったっけな、時の政府のスローガンに反対するために逆のことをしたって感じだったと思う」
先ほどの浦町との会話を思い出す。たしかそんな内容だったはずだ。
「それは分かります。理解できますよ。でも、それでどうして自殺に結びつくんでしょうか。別に死ななくったっていいじゃないですか。廃人のまま生きているんじゃダメなんですかね。なぜ自殺をしちゃったんでしょう?」
「……ん、そう言われるとなんでだろうな。俺もうまくまとまらない」
そもそも自殺をするということはどういうことなのだろうか。なぜ自殺をしてはいけないと強く社会は反対するのだろうか。
それは一つの理由として、秩序があるからだと考えている。つまりは、その行為自体が社会倫理を根底から揺るがすものになるからだ。自然社会において、個人的な見解だが、自殺をするのは人間だけのように思う。それは本能だけではなく知性というものが備わっているからであって。誰しもが自殺ができてしまう可能性がありうる社会で、自殺の風潮
が蔓延してしまったら、社会自体が成り立たなくなってしまう危険があるのだ。
つまり、自殺をするというのは『個』にはしるということと同義なのである。個が『集団』を乱し、破壊する。だからこそ集団は個をある意味で放任し、ある意味で束縛する。それが今の社会の在り方であり、人間の集まりでもある。
では、なぜ太宰をはじめ、当時の文学者たちは自殺をしたのだろうか。
自殺をする者の気持ちは、自殺をしてみなければ分からないということか。人間失格も、太宰の自殺経験や自殺願望がなければあそこまで秀逸な作品にならなかっただろう。
当時の社会に絶望し、もう未来はないと悟
ったのだろうか。人間が自殺をするのは、未来に対する展望が、完全に、失われてしまった時であるように思う。社会に対して、文学の在り方に対して、個々人の問題に対して。一概には言えないが、もしも文学の在り方に対してであるならば、それは逃げであるように思うと同時に、そんなにも彼らを絶望させたものとは何か、後世の人間が研究すべき問題であるように思う。
「つまるところ」息を空に向かって、吐き出す。「結論はでない話だなと思う。今の俺たちには推測することしかできないし、確固たる根拠もない」
吐きだした息は空の霞みに混じって、どこかに去っていった。空は広い。終わりがない。地球はまるいのだから当たり前だと思うかもしれないが、それでも広いと感じずにはいられないのだ。地球は今、晴れているのだろうか。皆の心に、光は差しているのだろうか。
「あれ、二人でなんの話してるん?」
小走りで、後ろから三上さんがやってくる。途中で躓いて転びそうになった。照れくさそうに隠し笑いをする彼女に、俺は安堵の念を抱いたのだった。
「今、ちょっと重い話をしてるんだよ」
「そうなんですよ。もうディープなのもいいところって感じです」
「えー! じゃあ、うちはおらん方がいいのかな?」
特に気にしなくていいと思う。太宰と自殺についての見解について考えているだけだし。
「三上さんって、死にたいと思ったことはあるの?」
「うち? もちろんあるよ。というよりいつも思ってる」
「……え」
旅のメンバーは、本当に意外な面が多い。
「そもそも、どうして人は生きやなあかんのやろ? それってちょっとおかしくない?」
「いやあ、どうしてと言われても」
答えようがない。考えたところで結論がでるわけでもないし。
ただ、三上さんの問いに対する答えとしては、それは誤りなのだろう。そういう答えを期待して言っているはずはまずないし、結論がでないからこそ出てくる問いなのだから、繰り返しては意味がない。
「ですよねえ。三上さんも思うんですか」
「おい、ぱつ子。さっきとなんか言ってることが違くないか?」
「え? 別に間違ってはいませんよ? 死ぬことはいけないことだと言ったわけでもありませんし」
分かっている。分かってはいるのだが、どこか俺の心にひっかかりが生じる。
「じゃあ、どうして死にたいと思うんだ? それは、例えばなんか恥をかくことがあって『あー、死にたい』と思うレベルじゃないんだよな?」
「そういう時もありますけれどね。もっと本当に死にたいと思うことはありますよ」
さらりと言ってのけた加奈子は、それがどうしたという風に軽く笑っていた。
「うち、昨日の夜にも言ったけど、リリイシュシュのすべてを見たら、生きたらあかんって思ったんよ。二十歳になったら死ななあかんと思ってたし」
「映画に感化されて、死にたいと思うようになったのか?」
「感化されたわけじゃないよ。心の中にあったものが、見たことによって表面化したってことはあるかもしれないけれど」
言葉がうまく見つからないや、と三上さんが首をかしげた。
「別に死にたいって思うことは、悪いことじゃないんとちゃう? 思ってしまうのはしょうがないことだし」
「んー、それは、そうなんだけど」
言っていることは分かる。その意味も理解できる。でも、それでもやはりどこか違うと思うのだ。
もっとこう、楽しく生きれそうなのに放棄しているような気がしてくるというか。頭の中で、乱れたステップを踏みながら、文字の流れが荒波のようにかき混ぜられて、黒ゴマプリンのようになっていく。リレー小説で、彼はこのことを言いたかったのか。
――本当に、馬鹿げている。
「まあ、もうその話は別にいいじゃないですか。生きるのも死ぬのも、どうせ変わりないんですから」
「変わりはしない?」
思わず聞き返してしまう。
「ええ。だってそうでしょう。皆さん、それを実感しているのですから」
加奈子は絶壁の縁に座り、その下にある川を、対岸の森たちを、静かに眺めた。自然は何も言わない。ただ無言で俺たちのやり取りを見ているだけだった。
「空、青いですね」
加奈子の言葉に、三上さんと二人で空を仰いだ。厚い雲が、遠くの方からにじり寄ってきていた。
「雨は降らないかもしれないですけど、もしかしたら曇りになるかもしれませんね」
「そうやね。うん、そうかもしれん」
「……うーん」
どうして、加奈子はそんなにも生死に関して冷淡でいられるのだろうか。俺は加奈子に対して懐疑を抱くのと同時に、興味を惹かれているのに、気づいた。ここまで彼女を淡白にしたのは、いったい誰で、何のせいなんだろう。
嫌悪感はなかった。理解できないはずなのに、しかしそれから逃げたいとか、消したいと思うことはなかった。
不思議な少女だと思った。はじめから思っていたが、それは旅を重ねるにつれて深まっていった。
「そういや、イギリスかどっかのロックバンドが歌っていたな」
空を見ていて、思い出した。
「直訳すると、『人は生きるほどに、何かを失い続けるんだね』って感じだな」
はっと、唐突に頭の中で、ひらめいた。そうだ、そういうことなのだ。
「なあ、さっき『どうして人は生きなくちゃいけないんだろう?』って言ったよな」
「え、うん。言ったけど」
「それに対する、俺なりの答えがでた」
二人の視線が、一気に俺の方に向く。
「ななな、なんですかそれは!」
「平岡くん、ちょっと言ってみて」
二人の剣幕がすごい。きっと、実は二人とも悩んでいたのだと思う。それは、生きなくてはいけない(もしくは今生きている)理由についてではなく、なぜ死にたいと思ってしまうのか、そう思うようになった原因について、悩んでいたのではないかと思う。
「生きるってことはさ」もう一度、俺は空を見上げた。空は、どこまでも広い。「カントリーマアムの存在と同じなんだよ」
「「……へ?」」
二人同時に気の抜けた声をあげた。
「なんでカントリーマアムなんですか」
「ちょっと、真面目に言ってよ!」
三上さんの眉がぴくりと動く。少し怖い。
「いや、これでも真面目だよ。自分が生きるということと、カントリーマアムを重ねてごらんよ。ああ、カントリーマアム自体の姿形とか、カントリーマアムを食べているところじゃないんだ。
カントリーマアムと名づけられてしまったその存在自体について、考えるんだよ」
「難しくてよく分からん」
「いいからいいから」
「はい、はいっ! そもそも、そのカントリーマアムが平岡さんの意識というか、何かしらが含まれているから、私と重ねるっていうのはちょっと変だと思います!」
「それなら、カントリーマアムじゃなくてもいいよ。三上さん、適当な単語を言ってごらん」
「んー、チョコ」
「じゃあチョコと自分が生きることが同じであるってことを考えてごらんよ。チョコを発明した人の身勝手で『チョコ』と名づけられた、その存在についてね」
「んー、んー、んー」
そう、カントリーマアムでも白い恋人でもチョコでもなんでもいい。その存在について考えられれば、どんなものだって大丈夫なのだ。つまり、全てであって全てではない、全部であって無でもあるその言葉にできない存在自体について考えて、見出すことができれば、その問いに対する答えが自ずとでてくると、思う。
「分からんから、平岡くん教えてよ」
「ダメダメ。自分で考えなくちゃ」
人から聞くものじゃない。自分で考え、自分で見出すことに意味があるのだ。
「うーん、確かに難しいですね」
「全然分からんわー」
腕を組んで考える二人を見て、俺は先ほどの加奈子の台詞を思い出した。
『別にいいじゃないですか。生きるのも死ぬのも、どうせ変わりないんですから』
それは、先ほどのロックバンドの歌詞と同じ意味なのだろうか。いや、違うだろう。人は死ぬために生きるというわけでも、人は生まれた時点で死ぬ運命だというわけでも、人が生きることと死ぬことは同じことである、というわけでもない。ロックバンドの歌詞は間違ってはいない。しかし正解でもない。
今の自分は、変わりないんだろうか。変わりないようである気もする。というのは、例えば生きるということが現実世界で過ごすという意味ならば、今ドリームランドにいるのは非現実であり、生きるという定義には当てはまらない。しかしそれは(生きるという行為以外の事象を死ぬと定義するならば当てはまるが除外する)死ぬことを意味するものではない。生きもしないし死ぬことも違う、中途半端な存在と化したのだ。
おそらく、きっと今考えたことと、二人に考えてもらおうとした題は、根底の部分で一緒なのだろう。
自分自身でも、答えを言葉として表現することは、できないけれど。
「平岡さん」加奈子が真剣な目で、俺を射抜いた。「話は変わるんですけど、生きようとすることと、明日に向かうことって、どう違うんでしょうか」
「違いなんてないんじゃね……いや、違うか。決定的に、違う」
「それはなんですか?」
加奈子が唾を一度飲み込む。
「生きるってことは一本道だ。道が限られている。生きる以外の道は死しかない。でも、明日ってのはいろんな方角にあるんだ。だから、もしかしたら明日の方向に生きる道はないかもしれない」
「でも、生きなくちゃ明日はないですよ」
「明日はやってくるものさ。たとえ生きていようが、死んでいようが。終わりのない夜なんて、どこにもないんだよ」
そう、夜は必ず明ける。眠らない朝がないように、目覚めのない夜も、ないのだ。
空には、白く擦れた月がでていた。蒼い空に飲み込まれまいと必死になっている月が願うことは、いったいなんなのだろう。
遠くを見ると、光の筋が、俺たちの行く先
を照らしていた。祝福しているのか、それとも嘆いているのか。
「平岡さん、明日はあの先にあるんですよね」
「うん……いや、どうかな。まあ、少なくともこっちじゃないな」
川はゆらりと、静かに佇んでいるのだった。

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