「僕たちは歩いてゆく。」第二話:イメージは固定概念化される

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二人が学食に着いた時、ちょうど五限に向かう学生たちが、ばらばらと店から出てくるところだった。

「意外といい時間かもな」
「そうかもしれんね。ご飯食べるんやったら、早めに頼まないと混んじゃうかも!」
俺はコーヒーとブルーベリーベーグルを、三上さんはココアとサラダを買って、窓際の席についた。ゆったりとした六人がけの席に二人で座るというのは、周りの目線が若干気になるけれども贅沢をしているような気分になる。たぶん俺だけじゃないはずだ。
「生協って繁盛しているのかな?」
「どうなんかな? 利益を求めないのが生協って話を聞いたことがあるけど」
三上さんはココアを一口すすって、熱そうに顔をしかめたが、すぐに頬を緩ませた。結構甘いらしい。飲む? と言って渡してくれたので、俺も一口、飲んだ。そろそろ寒くなってくる季節、ココアも美味しいかもしれない。しかし、やっぱり俺はコーヒー派だな、と思った。ブラックがいい。
「学食を経営したりしてるんだから、儲けないとダメじゃない? 潰れちゃうでしょ、きっと」
「んー、利益第一主義にならないってことなんやと思うよ?」
「じゃあ、なんで加入する時にお金をとるんだろ? 一万円くらいとられたでしょ、確か」
「あれって、卒業する時に戻ってくるんやなかったっけ? お母さんが言ってたような……」
卒業祝いという感じで、お小遣いをもらえるようなイメージだと思っておく。
「杏山先生なら、何か知ってるかもしれんよ。先生、この大学のOBやって言ってたことがあるし。けっこう雑学、好きやったろ?」
「杏山先生って、こういう知識は無駄に持っていそうだもんな」
もちろん講義中に考え込んだりド忘れが多い、という意味ではない。イメージとして、大学教授というものは自分の研究以外の知識に乏しいのではないか、という偏見がある。

「あ、平岡くん、たまねぎ食べない?」
「たまねぎ? なんで?」
「私、たまねぎ嫌いなんよ」
「うっそ! おいしいじゃん、たまねぎ。生だったらしゃきしゃきしてて、歯ごたえがいいし」
「食べた後の生ぐさいような臭いが嫌なの」
それなら遠慮なく、と俺は箸でたまねぎだけ頂戴した。和風ドレッシングとよく合っている。

「三上さんって、好き嫌い激しいの?」
箸を口に含みながら、三上さんに尋ねた。周りが若干騒々しくなってきている。学生たちがたくさんやってきているらしい。
「んー、どうやろ。もしかしたら多いのかもしれんけど」
「他に食べれないのとかあるの?」
「なんだろ、最近、にんじんが嫌いなことに気づいた」
「最近?」
「野菜が甘いのが、許せなくて」
思わず肘からこけてしまった。『許せない』という単語が、彼女に妙に似合っていて、どこか可笑しかった。
「なんか」俺は箸をテーブルに置きながら言った。「三上さんってさ、けっこう個性的だよね」
「そうかな。そうでもないよ」
いや、絶対そうだ、と俺は心の中で叫んだ。むしろ変だ。どこかずれている。

でも、それを当たり前のように受け止めている俺も変なのだろう。そもそもこの大学の、この学部にいるのだから、変人であっても不思議じゃない。むしろ変人じゃないのがおかしい。高校で変なやつだと思っていたような人間が普通に見えてくるくらい、この学部は変人でいっぱいだ。
だから、好きだ。
「ああ、だから……」
杏山先生も教授にしては変なのだ、と妙に納得してしまった。この大学のOBなのだから、しょうがない。それが当たり前なのだ。
「ん、何? どうしたの?」
三上さんがココアのカップで手を当てながら、わずかに首を左に傾けた。合わせて髪もさらさらと揺れる。
「いや、ちょっと考え事をしてただけ」
俺はコーヒーを一口、飲んだ。コーヒーの深い苦味と匂いが、口の中にいっぱいに広がって、おいしかった。やはりコーヒーはブラックにかぎる。
「コーヒーって言えばさ」コーヒーのカップをテーブルに戻す。「大学教授って、みんな必ずコーヒーを飲んでいるイメージ、ない?」
「あるある」と三上さんは、心当たりがあるように、頷いた。「自分の研究室にはコーヒーメーカーがあって、助手がいるのに自分でコーヒー作って、窓の外を見ながらすすってる感じがする」
「ずいぶん具体的なイメージだな」
と言いつつ、俺が想像していたコーヒー好きの大学教授は、まさしくそのとおりだった。おそるべし、きっとメディアによって固定概念化されてしまっているのだろう。気をつけないと。
「森博嗣の小説を読むと、そういうシーンが出てくるやんか」
「村上春樹の小説でも出てきそうだけど」
「村上春樹は、コーヒーは出てくるけど、そんな大学教授は出てこんよ」
確かに、村上春樹のイメージとは違う。どちらかというと、自分しかいない広いアパートの一室で『やれやれ、僕はどうしてこんなところにいるのだろう』とか言いながらコーヒーを飲んでいる青年の図が思い浮かぶ。

「杏山先生も好きなんかな?」
「好きなんじゃん? だって大学教授でしょ」
「客員教授でも?」
「それはまあ、同じ人間だからってことで」
自論だが、コーヒーが好きな人に悪い人はいないと思う。だから俺も悪い人じゃないし、杏山先生も悪い人じゃない。
「コーヒー好きと言えば、前島もコーヒー好きらしいな」
「ああ、前島さん……すっごくこだわりそうだよね。コーヒー豆はキリマンジャロじゃないとダメだ、とか」
「確かに。すごくこだわってそうだ」
二人で思わず笑ってしまった。

前島明美(まえじま あけみ)もまた、同じ演習をとっている仲間で、常にデジタル一眼レフカメラを胸元にぶらさげている。ジャーナリスト志望らしく、ふらっと写真を撮りに旅に出ることがあると聞いたことがある。
ちなみに、池田氏、浦町、そして前島は杏山先生の熱狂的なファンでもあった。池田氏は羨望のまなざしを先生に向け、浦町はまるで恋人のように慕い、前島は教祖と信者のような関係となっている。
「三上さんって、杏山先生のこと、好き?」
「好きだよ。面白いし、話しててなんか癒されるっていうか、そんな感じがするし」
ゆるーい感じが好きな人には、オススメな人なのかもしれない、と思った。
俺も、そういうのは嫌いじゃない。

「……お、もうすぐ六限がはじまるな」
なんだかんだで、五限の時間はあっという間に過ぎてしまった。その間、映画の話をしたり、人生観の話をしたりと、雑談ながらに濃い話ができた気がする。

三上さんが『誰もいない、どこか遠い場所へ一人で旅をしたい』と言っていたのを妙に覚えている。なぜそれが印象に残ったのか、自分でも分からない。もしかすると、俺自身がそれを望んでいるのかも、しれない。
そもそも、俺はこの大学に来て、何をしたがっているのだろう。もうすでに大学生活も折り返し地点を過ぎているのにも関わらず、そこに存在する意味を見出せない。
ただ、ネームバリューが欲しかっただけなのだろうか。この大学を志望した動機が、今ではすっかりと色褪せてセピア色の写真のようになっている。見てみれば懐かしいと思うけれど、それは過ぎた思い出にすぎない、というどこか興ざめた自分がすぐ傍にいるようで、少し気持ち悪かった。
だから、自分を探すという意味では旅という選択肢は悪くなかった。むしろ学生のうちでしかできないのだから、旅をしてしまえばいいのかもしれない。自分を見つめなおす、自分を探す……知り合いにもそれを理由に日本一周したり、海外に飛び立ったり、富士山の山頂を目指したりした人間が、何人もいる。
あまりに無価値なそういう旅をしてみるのも、悪くない。たまには時間を浪費したくなるものだ。ただ、自分なんてものは、固体としてどこかに転がっているわけじゃない。自分はすでに形成されているのだから、探したところで見つかるはずがない。だって、もう見つけているんだから。目の前にある自分から目を背けて、いったい何を求めようというのだろうか。今の俺には理解できない。
理解できないからこそ、やってみたいと思う欲求が同時に存在しているのも事実である。
冬休みか春休みに、どこか知らない場所へと、旅立ってみようか。
『私ね、ずっと前から知っている人が誰もいない場所に行きたいと思ってたの。だからそのためにバイトをして、貯金したりしていたんだ。結構貯まってるんだよ』
寂しそうな笑顔を見せながら話す三上さんを見て、心を動かされたのかもしれない。

三上さんが本当に行ければいいなと、俺は切に願った。

 


 

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