「僕たちは歩いてゆく。」第十二話:太宰だってプロレタリア

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「そういえばさ、佐多美月とか佐多加奈子って名前、どこから出てきたんだろうな?」
二日目の昼。長い長い道は、気づけば川のほとりを並走するように折れ曲がっていた。断崖絶壁の上を歩くような感じになっている。
「ちょっと休憩しようよ。あそこに良さそうな場所があるし」
朝、目が覚めて軽く食事をしてからまた歩き出した俺たち。今日も昨日と変わらず、疲れを知らない体だった。
「ふーっ。なんか、歩いたって感じがしないな!」
「それはまあ、そうかもしれないけれど」
俺と浦町は二人で会話をしながら先頭を歩き、気づけば皆とぐんと距離が開いてしまっていた。
「迷子が出るの嫌だし、ここで待っていよう」
公園にある茶屋のような建物の縁側に腰かける。まるで日向ぼっこをしている老人のようだ、と思った。
天気は晴れ。多少雲があるものの、昨日に比べれば格段に気持ちがいい。
「それで、佐多って名前についてだよね」
「そうそう、どう思う?」
「難しく考えなくていいんじゃない? 名前をつけた人が佐多稲子が好きだったとか、そんなくだらない理由だとわタシは思うな」
「佐多稲子……プロレタリア作家じゃないか!」
名前をつけたのは誰だったか、それを思い出すことができない。ただ、確かその名前の由来を誰かが言っていたような気がするのだ。
「にしても、みんな遅いねえ。俺たちが早すぎたのか」
「いいじゃん。この風景でも見ながら少し談笑でもしていようよ」
「笑える話なのか?」
「そういう意味じゃないって」
断崖絶壁は、上から覗き込むと非常に怖かった。柵もないし、落ちようと思えばいつでも落ちることができる。川の色は緑がかっていて、深いところになると底が見えない。
不思議な風景だと思った。こんな景色がドリームランドにあるというのが、そもそも不思議だった。確かに広がる景色は素晴らしい。自然が豊富だし、誰もいないし。
「まあ、旅ってのもいいもんだな」
「そうだね。来てよかったと思うよ。なんかこの体験を小説にできそうな気がする」
「しちゃえよ。そしたら読んでやるから」
「ありがと。楽しみにしてなね」
浦町の前髪が、川の方から流れてくる風にわずかに揺れた。
「川かー。川はいいよね」
「荒波の無いのがいいな。飛び降りたくはないけど」
「飛び降りてみれば? 太宰みたいになれるかもよー」
「ここは玉川上水じゃないぞっと」
少し下を見下ろす。絶壁の高さは、十メートルはありそうだった。
「ああ、そういえば借りてた本、まだ読み終わってないや」
「それ聞いたよ。あの後もまだってこと?」「そうそう。本は持ってきてるんだけどな」
鞄の一番下に埋まっている。暇があったら読もうかと思っていたけれど、旅の途中にそんな時間はなかった。
「そういや、この間ラウンジで太宰の話をしてくれたよな」
「あー、したね。もともとプロレタリアだったって話でしょ?」
「うん。昨夜も太宰の話になったよな」
「やっぱりわタシには太宰の考えが合ってるんだよ。好きだもん、だって」
「浦町らしいって言えば浦町らしいけど。なあ、太宰について他にどんな話があるんだ?」
試しに、そこらに転がっていた小石を川に向かって投げてみた。すぐに、蛙が小さな池に飛び込んだ時と同じ音がした。
「どこまで話をしたんだっけ?」
「うーんと、もともとプロレタリア文学者だってこととか、志賀直哉を批判したとか、そういう話だったかな」
「あー、なるほどね、そこまでだったか」
うんうんと頷く浦町。後続の人たちはまだ時間がかかりそうだった。
「いいよ。じゃあ昨夜の話を絡めて話を進めてみようか」
鞄を縁側に置いてから、浦町が一度空を仰いだ。かすれた雲が、秋のしじまにたゆたうように、のんびりと流れていた。
「昨日さ、プロレタリア文学が当時の社会を受け入れられない人たちの文学だって話をしたよね。そこで文学者たちがとった行動ってなんだった?」
「えっと、『貧・病・争』だったかな」
「そう。お酒を飲んでたのに、よく覚えているね?」
「そりゃ、かなり興味深い内容だったからな。嫌でも覚えちまう」
「それだったら話は早いよ。太宰がどうしてプロレタリア文学者なのかって話をするよ。それはね、太宰もその『貧・病・争』を実践した一人なんだよ。
一つずつみていくよ。まず『貧』だね。太宰の代名詞ともとれる自殺が一つのキーポイントだと思う。太宰は愛人と玉川上水で入水自殺をするまでに、四回は自殺未遂をしたとされているんだ。著作である『人間失格』にも自殺の経験とかが表れていると思うんだ。太宰は他にも精神的に不安定だったとする説もあるし。これは『病』と重なるところがあるからまとめていいかな。
『争』は、愛人を作ったり津島家を勘当されたりと、家の中でのごたごたが絶えなかったという点が挙げられるかな。
これらだけでプロレタリアというのはおこがましいかもしれないけれど、彼の遺した作品や、小説に対する姿勢を見ると、どこかプロレタリアのような気がするんだ。
最終的に入水自殺をしたのも、プロレタリア文学の終焉に絶望したんじゃないかっていうのと、プロレタリアの意識を遂行しようとしたんじゃないかっていう二点があったから自殺したんじゃないかという推測があるんだ。
それは歴史的な観点からみて、なんだけどね。例えば、『晩年』の前々年に小林多喜二が、翌々年には鶴彬が虐殺されている。鶴彬のさらに二年後には京大俳句事件もあるしね。このように、プロレタリア終わりの時期に登場した太宰は、そんなプロレタリアについて嘆いたんじゃないかってこと。もっとも、太宰が自殺したのは一九四八年だけどね。
後者の推測は、むしろ前者をうけての考えなんだ。つまり、プロレタリアっていうのは集団でしょ。つまり集団がいないことにはできない。一人じゃ解決ができないんだ。そして破滅するしかない。志賀を批判したことから分かるように、調和を許せなかったんだ。だから最期を選んだってことかな。
太宰についてはね、好きなんだけど、好きすぎるから逆に完全に考えがまとまっていないところがあるんだ。ごめんね」
浦町がどこか照れくさそうに、笑った。
「いや、それでもそういう風に太宰を捉えることができるのかって分かったから、俺は面白かったよ」
今の浦町の太宰論は、確かに言葉足らずな箇所があっただろう。ただ、それでも言わんとしていることは分かる。
浦町には教授になってほしいな、と思った。教授じゃなくていい、近代文学について研究する立場であって欲しい。
そうしたらきっと楽しいんだろう。その独特の情熱と執念が、いつまでも続けばいいと願った。

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