「僕たちは歩いてゆく。」第十五話:旅の終わり

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「……あ、あれ」
旅の終わりは、唐突だった。細かく言うとそうではない。ドリームランドの終わりは、唐突だった。
「ねえ、あれって民家じゃない?」
伊狩さんが指差した方向には、確かに家があった。それだけなら宿かもしくは休憩所かと思う程度だけだったが、そうじゃない。近くに電柱があり、その下には停められた白い小型トラックがあった。つまり、道路があるということで。
明らかに、人がいる証拠だった。
「どういうことだ?」
ドリームランドは無人の場所ではなかったか。生活感が溢れる場所なんて、あるはずがない。
もしくはこれでも一つのスペースなのだろうか。ここで何かをしろと、そういうことなのかもしれない。
「……こんなはずは」
一之瀬さんが目を大きく広げて、わなわなと震えていた。彼女もこの場所は見たことがないらしい。
「あ、あんなところに看板がありますよ」
池田氏が見ている方向を見ると、確かにそこには『秩父』という文字があった。
「なんで、秩父なんか」
しばらく歩くと、道路にでるための階段があった。それだけではない、目の前を白いセダンが一台、通り過ぎていったのだ。
「人が、いる」
久しぶりに自分たち以外の人の姿を見た。どこか懐かしくも、疎ましい。
「どうして秩父なんかに来ちゃったんだろう? おかしいよね」
今まで来た道を振り向くと、そこには今まで俺たちが歩いてきた場所はなく、枯れた野原が広がっていた。
「え、え、え?」
不思議だ、不思議すぎる。みんな混乱している。浦町の頭はぼっさぼさになり、池田氏のアーモンド型の瞳がくりくりとあたりを見渡し、三上さんの頬が紅潮し、伊狩さんの黒髪がさらさらと揺れ、前島がカメラを構え、一之瀬さんが一度くしゃみをした。
「おかしいな、どうして……」
「侵食されたんだよ、きっと」
一之瀬さんが落ち着きを取り戻したようで、きりっと目の前に広がる秩父の風景を見つめながら言った。
「もしくは、これがドリームランドの終点なのかもしれないね」
伊狩さんが続けて声を発する。
「ユイちゃん、みくちゃん、それはどういうこと?」
三上さんが首を傾げた。俺も現状をうまく理解できていない。
「つまりね」一度深呼吸をしてから、一之瀬さんが言った。「ドリームランドが、現実の世界となぜかリンクしてしまって、私たちは現実に放り出されてしまったってことだよ。ここはもうドリームランドじゃない。埼玉県にある秩父に出ちゃったんだ」
「でも、なんで秩父に……」「もしかしたら、秩父に所縁のある人が多いからじゃない? えっと、平岡くんたちは前に杏山先生と一緒に秩父へ来たことがあるんでしょう?」
伊狩さんが一之瀬さんの肩に手を添えて言った。
「そういえば、長瀞の石畳みたいな場所だったよな、さっき歩いたところ」
「ああ、言われてみればそうですね。今さらながら思い出しましたよ」
と、いうことは。
これで、旅は終わりを迎えるということだ。ドリームランドでの生活が、意図しないところで、終了してしまったのだ。
車の走る音が聞こえる。木々の揺れる音が聞こえる。飛行機の音が聞こえる。人工的な音が、聞こえてくる。
目の前には、山があった。ちょっと前の時間まではなかった、山があった。
空が山で小さく切り取られてしまっている。それが少し悲しかった。空は果てないものだと思っていたのに。だけど俺たちの道と同じように、いつかは終わりを迎えるんだね。
「と、とりあえず歩いてみようよ。ここが秩父のどのあたりなのか、調べてみないと」
一之瀬さんが先頭に立って歩き出す。道路標識が、電柱が、垣根が、ガードレールが、何もかもが現実の世界と一緒。本当に、ここは現実世界なのだ。戻ってきてしまったのだ。
まだ終わろうとしていないのに。終わりたいと思っていないのに。何者かの意思によって、強制的に俺たちはドリームランドを追放されてしまった。
そういえば、お腹が減った。足が若干だるい。感覚さえもが旅をする前と同じ。
憎い、と思った。それは神に対してなのか、仏に対してなのか、親に対してなのか、それとも言葉として存在することのない絶対的な何かに対して、なのか。俺にも、分からなかった。
「なんか、現実の世界に戻ってきたって気がしませんねえ」
ヒトリゴトのようにぽつりと呟いた池田氏の言葉が、しかし俺たちみんなの心を言い当てている気がした。
確かに、そうなのだ。全然実感が湧かない。ドリームランドにいたという実感も、現実世界に今いるという実感も、どちらもなくなっていて、まるでどちらでもない不確かな世界に留まっているような気持ちさえしてくるのだ。夢と現実にもしも境界があるとするなら、今まさに俺たちはその境界の上に佇んでいるといっても間違いじゃない。
そもそも『現実の』世界と表現することに、違和感をおぼえる。ドリームランドに行ったと言っても、それは別に眠りにずっとついていたわけではなく、実際に起きている俺たちが活動をしていたのだから、非日常的な世界であったけれども、すべて現実のことなのだ。
魔法が解ける。ネバーランド、もといドリームランドを旅するという魔法が、すっかりと霧散してしまう!
何を考えているのか分からなくなってくる。今俺は、どうしたいというのか。戻りたいのか、帰りたいのか、別の場所に行きたいのか。
現実だから、そこらに道しるべがある。次の道を曲がれば、もうそこは秩父駅だ。青い道路標識が、これほど憎いと思ったことはない。俺たちが行く先に、駅があるのだ。

皮肉なものだと思う。ドリームトレインに乗って出発した俺たちは、秩父駅という実在する駅から、自分たちが暮らしていた街へと帰ろうとしているのだ。
俺たちは結局、『現実』という終着駅に辿り着くしかできなかった。ドリームランドに行ったとしても、夢のような世界へ旅したとしても、最終的には現実に戻される。帰されてしまう。
なんてシニカル。おかしすぎて笑うことすらできない。
「もう終わろうとしているんだね」
「そうだな。そろそろ、一度帰った方がいいかもしれない」
そこで、鞄がかすかに震えた。一定の間隔で、何かが震える音がする。
携帯のバイブレーションだった。そうだ、現実の世界に戻ってきたのだから、電波が入るようになったのだ。
メールが十五件も入っていた。知り合いからの問い合わせメールだったり、何気ない会話をしようとしているメールだったり、その内容はいろいろだった。
気づけば他の人も携帯をいじって、その小さな画面に見入っていた。ドリームランドは、電波が入らなかった。だからみんな時計か目覚まし代わりにしか使っていなかった。
俺は不便はしなかった。誰も失踪する人はいなかったし、連絡をいれたかった人もいない。
そういえば、浦町は大丈夫なのだろうか。彼氏をほったらかしにして、怒られたりしていないだろうか。
「ま、それを聞くのは野暮ってものか」
「うん、何が野暮なの?」
浦町が首だけこっちを向いて聞いてくる。悲しんだりしている様子はないから、きっと大丈夫なのだろう。
前島はもとからあまり携帯をチェックするような人間じゃない。一之瀬さんと池田氏も同じらしい。三上さんと伊狩さんはちらちらと携帯を何度か確認している。 物足りない気がした。電車が揺れるたびにその思いはどんどん募ってゆく。何か忘れているような、ドリームランドにぽっかりと置き忘れてしまったような、そんな寂しさを感じるのだ。
でも、それが旅というものなのかもしれない。楽しいことは永遠には続かない。楽しいことの連続があるからこそ、楽しいと感じるのだ。旅の途中で思い出しただろう、『人は生きるほどに何かを失っていくんだね』と。だからこそ、世界の美しさを知るのだ。ゴージャスを知っているからこそ、侘び寂びの心を知ることが、できるのだ。
俺たちは歩いて、歩いて、旅をしてきた。誰にもできないと自負できるほど、充実して濃い旅ができたのだ。
他の人はどうだろう。いい思い出になっただろうか、それとも違う何かをその胸に抱いてるのだろうか。俺には分からない。分からないけれど、みんなの顔を見れば大丈夫。
旅をしようと決意して、よかった。本当によかった。
もう終わってしまうのは寂しい。とても寂しいけれど、しかしそこには確かな手ごたえがあった。おそらく旅に出る前と後で、何かが変わっただろう。もしかしたら変わっていないかもしれない。それならそれで仕方ない。そんなものだったと割り切ればいい。
電車が揺れる。俺たちを東京にまで戻そうとしている。あと一時間も乗っていれば、見慣れた街並が見えてくるだろう。そして誰かがカラオケに行こうと言いだすに違いない。言わないなら俺が言おう。それくらいの元気はまだ残っている。
もう白いもやを見ることはない。本当に東京に着くのかと恐々することも必要ない。あるのは決められたレール。事故でも無い限り、絶対に辿り着く。
少し、眠い。電車に揺られている間くらい、眠ってしまっても問題ないだろう。
田舎の風景が、流れて去ってゆく。さようなら、秩父。さようなら、ドリームランド。

さようなら。

一度呟くと、俺の意識は夢の世界へと、おちていった――。

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