「僕たちは歩いてゆく。」第十話:本当に、気持ち悪い

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ドリームトレインの到着は、本当に唐突なものだった。アナウンスもない。気がついたら電車は停止していて、ドアが自動的に開いていた。
ドアの向こうには森が広がっていた。吹いてくる風が冷たい。秋というよりは、もう冬が過ぎて春になりかけているような風景だった。それは出発する時に雪景色だったら、と思ったからだろうか。
ひとまず電車から降りてみると、そこにホームは無く、長い道が森林の中をうねりながら走っていた。街がある様子は無く、本当に俺たちだけしかいないような、気がした。
「ここが、ドリームランド?」
「インディアンはどこに住んでんのやろ?」
「だから、ネバーランドじゃないってば」
全員がドリームトレインを降りたようだ。ざわざわと騒がしくなる。
天気は列車の中から見た景色よりも雲が多く、どんよりとはしていないが、思ったほど晴天というわけでもないようだ。
「これでからっとしていれば、もっとドリームランドって感じがしたのにな」
「ええやんか。こんな天気やからこそ、赤ワインとチーズで乾杯をしたくなるって感じ」
三上さんが笑顔のまま空を仰いだ。
「赤ワインとチーズ?」
「うん。小説で読んだんよ。自分にとって一番じゃないって時には、好きなものを食べたり飲んだりして、優雅に振舞えばよいって」
「それで、三上さんにとってはその二つになるんだ」
「そう。例えば、ウッドハウスなんかがあって、そこには四角いテーブルがあるの。白いテーブル掛けのかかったテーブルね。そこには高い背もたれのついた椅子があって。ほら、そんなところで赤ワインとチーズを食べたりしたら、こんな天気や風景も、妙に雰囲気がでて良かったりしそうちゃう?」
言われてみれば、そうかもしれない。おいしい飯と酒があれば、外がどんな感じでも酔うことができそうだ。
「あー、よかった。実は切れてるチーズとフランス産赤ワインを持ってきてるんよ」
「え、三上さん、お酒持ってきたの?」
「平岡、もしかして酒持ってきてないの?」
浦町が『咲菜ちゃ~ん』と甘い声を出しながら、三上さんの肩に寄りかかった。
「わタシ、日本酒持ってきたよ」
「待って待って、なんで酒なんか」
「ねーねー、お酒持ってきていない人、いる?」
誰も返事をしなかった。
「うわ、みんないいやつらばっかだな」
「平岡だけだよ、酒持ってきてないの」
「ふっふっふ、馬鹿言っちゃいけないよ。俺だってちゃんと焼酎持ってきてるんだから」
まるで酒を飲むために旅にきたようなもんだな、と思った。『しらふじゃ旅できない世の中ですから』って感じか。自分で言ってて、あんまり面白くないけれどほくそえんでしまった。
「ところで今日はどこに泊まるの?」
「……あ」
浦町の一言で、そういえばどこに宿泊施設があるのかなんてまったく考えていなかったことに、気づいた。
GoogleやYahoo!!で検索をかけても、先生が言わんとしていた『ドリームランド』はでてこなかったため、宿泊も何も考えていなかったのである。
「そのあたりは大丈夫だよ」
一之瀬さんが、なだめるように笑った。
「ここはドリームランドなんだから。泊まる場所がほしいと思ったらそこに現れるし、食べ物がほしいと思ったらすぐに食べれる場所がでてくるよ。心配しなくて、大丈夫」
「……不思議なところだな」
何もかもが現実離れをしている。
いや、違う。そもそもここは現実ではないのだ。ドリームランド、夢の領域。俺たちは現実の世界を体感しながらもしかしここには非現実な何かが蝕んでいるのである。
「この世界は、つまり思ったとおりのことが起きるってこと?」
「少し語弊があるけれど、そう思ってかまわないよ」
「じゃあ、恐竜が現れたり、フック船長を望んだりしたら、出てくるってことなのか?」
「そこまでは分からないよ」
もしもそうだったら面白いけれど、恐竜やフック船長は別にいらない気がする。ほしいのならUSJや東京ディズニーランドにいけばいい。
「平岡ってさ」裏町が呆れたように、手を腰にあてた。「なんかどうも旅をしようって意識がないような気がするんだけど。細かいことを考えるのはやめようよー。それが旅ってものだよー」
「すまんすまん。癖でさ。どうしても抜けきらないんだ。どうすればいいかな」
「夢中になっちゃえばいいんだよ。変なことを考えていないでさ。わタシみたいに、どうしたらこの体験を小説にできるか、なんて考えてみると楽しかったりするよ」
それは確かに面白そうだ。
「あ、ねえねえ、あそこになにかあるよ!」
伊狩さんが、指をさした方向に、確かに一つの大きな掲示板があった。しかしそこには何も書かれておらず、一枚のすすけた紙が忘れさられたかのように、ひっそりと貼られているだけだった。
「なんだろ、これ」
おもむろにマスクを取り出しながら、一之瀬さんが言った。少し咳き込んでいる。「一之瀬さん、どうしたんだ?」
「あ、ごめん。いや、ちょっと咳と鼻水が出てきちゃって。もしかしたら花粉かも」
「そっかそっか。それで、あの紙はなんだ?」
「私にもちょっと分からないなあ。なんだろうね?」
掲示板の前まで移動してみると、そこには真正面を向いたネコが写った貼り紙があった。俺の好みのネコではない。
「なんか『こっちみんなwwww』って落書きしたくなるね、これ」
浦町がバッグから油性ペンを取り出して、ネコの隣にきゅっきゅと書いた。
「動画サイトだったら『ぬこかわゆす』って弾幕が流れそうやんな」
三上さんの頬が紅潮しはじめる。かわいいのだろう、目がいつも以上にブリリアントな状態になっている。
「はい、はいっ! 『ごめん、このぬこは俺の嫁』って書いてもいいですか」
ぱつ子が手をあげて自分をアピールするように、小さく飛び跳ねる。
「そしたら私は『もう同棲してるからとるな』ってコメントを書かせていただきますよ」
どこのニコニコ動画ですか、この掲示板は。
「って浦町、全部書いたのか!」
「うん。なんか面白くない? まるでトイレの落書きみたいじゃん」
今みんなが発言した内容が、全部矢印で結ばれながら、貼り紙の隅に書かれていた。
「どうするんだよ、これ。貼った人が見たら激怒するぞ」
「もう書いちゃったし、いいじゃん。ほら、誰が書いたか分からないし」
「こうなったら、もうとことん書いちゃえばいいんじゃないですか?」
池田氏が、浦町からサインペンを借りて、自分のコメントに×印をつけ、その脇に『ワガ恋人!』と書き足した。
「えー池田、小林多喜二かよー」
「このネコの名前は渡政なんだね。我らの前衛、ワタマサ!」
「トセイじゃないんだよね」
「なんかプロレタリアっぽくなってきましたねえ。杏山先生いないのが本当に残念です」
「というより、よく授業の内容覚えてるな」
そんな俺も、今のこのやり取りを見て、先生の授業を思い出していた。
リレー小説についての概説をしている時のことだ。先生は見づらい字をホワイトボードに、感情そのままをぶつけるように、荒々しく板書しだしたのだ。

①「場」の芸術
みんなが読者で作者
②「集団」の芸術
(匿名)
③偶然の美
与えられた題材を活用
④時間の芸術
新聞小説

こう見ると、今のやり取りは先生の教えをそのまま実行した形になっているように思う。時間の芸術はともかく、例えばこの一連の落書きを全部ひっくるめて一つの作品と定義すると、『自分が作者だ!』と名乗る者はいない。
ただ、これがプロレタリアかと言うと、おそらくそうではない。形態としてプロレタリアの表現方法にはなっているが、その根幹にある信念はまた違っているのだろう。
以前、杏山先生に、プロレタリアの本質を聞いたことがある。『みんなが、同じ意見と空間を共有すること』がそうであるらしい。
とすると、これはやっぱりプロレタリアなのか。一九二〇年代から一九三〇年代頃までに隆盛した、社会的な意味合いを持つプロレタリア文学とは違っているとは思うけれど、プロレタリアの本質には、適っている。
じゃあ、プロレタリアとプロレタリア文学の違いとはなんだろうか。どちらともいまいちよく理解はしていないが、なんだか違う気がする。『文学』の二文字がつくかつかないかという違いだけで、その単語の意味は変わってしまうのではないだろうか。
『プロレタリアは概念である』と位置づけて、杏山先生の日頃の言動を鑑みると、なんだか下位階級や労働者の意見・心情を表しているように思う。その環境でしか出てこない、他では思いもよらない、ぶつけたくなるような感情、集団というキーワード、そういったものがプロレタリアだと思う。
プロレタリア文学は、檄文というか、革命というか、社会的に順応できない、社会に対して意見のある文学体系を指しているのではないだろうか。当時の社会や風潮を受け入れることができない人、まだ教育が全国民に浸透していなかったために書くことができない人、そういった人たちの意見を代弁して世に広めるために用いられたのが、出版という形であり、プロレタリア文学であるように思う。
もしかしたら比べるものではないかもしれない。プロレタリアという枠の中にプロレタリア文学が内包されるだけなのかもしれない。が、どうもしっくりとこない。本当に、どういう意味なのだろう。よくみんなプロレタリアが、とかプロレタリア文学によると、とか言うけれど、そこに違いがあって使っているのか、別に気にしていなくて同義語として用いているのか、判断しかねる部分がある。
それが、非常に気持ち悪い。メープルシロップのかかったフレンチトーストを、ナイフとフォークで食べてるのを見た時と同じ気持ち悪さを感じる。
後で浦町に聞いたら何か分かるかもしれない。しかしこの胸の奥にひっかかるようなもやもやが、どうしても気になってしまう。
叫びたくなった。俺の気持ちを聞いたら、みんな共感してくれるかもしれない。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ気持ち悪い! 本当に気持ち悪い。結局、何が言いたいのか、どこに行き着こうとしているのか、それが分からない自分が気持ち悪い。Yahoooooooooooooooooooooo!!と叫んだところで意味もない。どっひゃー。気持ち悪い。
そもそも、誰か忘れたけれど、杏山先生のプロレタリアは本当のプロレタリアとずれている、という会話を聞いたことがある。
本当のプロレタリアって何? ずれているってどういうこと? 先生が労働者階級を重視しているということがずれているのか、そもそも研究の方向性としてずれているということなのか。
何、本当のプロレタリアって? 一般的なプロレタリアってこと?
しかも確かその時、杏山先生はうんと頷いていたはず。記憶が正しければそうだ。
気持ち悪さが夏のじめじめした空気のようにまとわりついて離れない。卒論を書いている時にこの気持ち悪さを覚えたら、きっと半日くらいニコニコ動画で馬鹿な動画を見ているに違いない。
本当に、気持ち悪い。

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