「僕たちは歩いてゆく。」第八話:ドリームトレイン

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出発の朝は、あいにくの曇り空だった。風がないのがせめてもの救い、しかし首元をマフラーなどで隠さないと背筋に寒気が走りそうな、そんな陽気だった。
集合場所はなぜか大学の校門前。先生が言うには『ここからドリームトレインに乗れるんだよ』とのこと。そんな馬鹿な、と思いつつも、他の乗り場を知らないので、先生の言うとおりに集合したのだった。
若干、眠い。緊張のあまり眠れなかったわけではないが、旅にでるのだからと、ロードムービーで好きな『エリザベス・タウン』を見ていたら、いつの間にかラーメンズの舞台DVDとドラえもんの映画に見入ってしまったのであった。
でも。これくらいが逆にちょうどいい。無意味な眠気が逆にテンションをハイにしてくれる。車を運転するわけでもないし、問題はないだろう。
「みんな、遅いねえ」
「浦町が早く来すぎなんだよ!」
と言う俺も、集合の三十分前には校門に辿りついていた。少し寒そうに、浦町は手を脇の下にいれ、絶えず足を動かして体を温めようとしていた。
「わタシさ、こういう時って早く目が覚めちゃうんだよね。もっとゆっくり寝たかったな」
「いいじゃん。遅刻しないんだから」
「それもそっか」
浦町はうんうんと頷くと、しかし顔をわずかに霞ませた。そりゃあ、この寒さで膝丈のスカートをはいていたら寒いと思う。俺だって長めの靴下を履いたりしている。
「旅なんだからおしゃれよりも暖かさを優先させたらよかったんじゃん?」
「そうなんだけどさー。せっかくの旅なんだから、ある程度おしゃれしたいでしょ? 山登りするってわけでもないだろうし。女の子にとっておしゃれは大事なんだよ」
平岡はわかってないなーと笑われても、俺はそこまでおしゃれに気を遣わないから、なんとも言えない。
「前島とかはものすごい格好してきそうだよな。本当暖かそうなの」
「あー、しそうだよね。でも彼女だって女の子なんだから、少しはおしゃれするんじゃない?」
「例えば?」
「キャスケット帽を変えるとか」
洋服じゃないんだ、とつっこみたかったが、たしかに前島が浦町のようなトレンチコートにスカートなんて格好で来たら、全員がびっくりするに違いない。俺だって『明日、世界は滅びてしまう!』なんて口走ってしまいそうだ。
――前島に対して失礼だと分かっているけれど。『ママ! 僕を叱って下さい!』と斜陽の一台詞が頭の中に流れて消えた。
その後、集合時間までにあつまったのは先生、池田氏、一之瀬さんの三人。三上さんは少し経ってから、伊狩さんは横田さんを連れて、十分ほど遅れてやってきた。
「ごめんなさい。お待たせいたしました」
と平謝りしながら小走りでやってくる伊狩さんは、キャリーバッグを左右に揺らしながら、その黒髪もゆらゆらとたなびかせていた。
「彼女が横田です。横田彩乃(よこた あやの)って言います」
「ど、どうも。初めまして」
深々とお辞儀をする彼女は、しかしその格好や雰囲気よりもまず、左目にしている眼帯に目がいってしまった。本来ならば痛々しい存在感を放つはずなのに、しかしそれを横田さんはまったく気にもならない、というように、平然としているように見えたのだ。
「その眼帯、どうしたんですか? ものもらいとかですかね?」
すっと横田さんに質問をする池田氏だが、しかし彼女もまたマスクをつけているのだった。風邪ひいたのか、と聞いてみたところ、『いやぁ、実はそうなんですよー』とあっけらかんに笑われてしまった。病気なんて関係ない、今これからの旅を楽しもうじゃないか。そんな彼女なりの気合のようなものを、見た気がした。
「さて、これで全員揃ったのかな?」
「うん、きっと全員だよ。大丈夫、大丈夫」
目を細めながら歩き出す先生。ひじょうに、マイペース。その首のマフラーさえも風や体の動きと関係なく揺れているようにみえる。
「先生、前島さんがいません!」
一歩下がったところからみんなを見ていた三上さんが、高らかに叫んだ。白い顔に、頬のあたりが軽く紅潮していた。
「きっと出発の日時間違えているんじゃね? たぶんそうだよ」
そうちゃかすと、硬い感触が俺の後頭部を襲った。ぐわんと世界が揺れ、そこに前島の影があった。
「わるいわるい、冗談だって」
頭を抑えながら後ろを振り向くと、怒っているような寝ぼけているような前島の顔が目の前にあった。
「冗談で済まされるかあああああああ」
と叫ぶ前島は、いつもよりもおしゃれなキャスケット帽をかぶり、暖かそうなコートを纏っていた。浦町の予想は、見事当たったのだ。悔しいような嬉しいような、複雑な気分になった。
とにもかくにも、今日の参加者は本当にこれで全員揃ったことになる。思い思いの格好で、それぞれの考えのもとに、この『旅』というイベントに参加した人たち。偶然にしてはできすぎていると思うくらい、普通に生活していたら一緒にいないメンバーが集結したのだ。先生も嬉しいのだろう、いつもよりも目が若干垂れているような気がする。
「じゃあ、電車に乗ろうか」
「先生、どこに移動するんですか?」
「ふふふ、みんなびっくりするような場所だよ。絶対驚くから」
全員の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。思いつくところといったら、どこだろうか。
「大学の教室から乗るとか?」
首をわずかに左へ傾けながら、三上さんが言った。コートのファーに、黒髪がさらりと零れる。
「いやあ、それはまずないと思いますよ」
「わからないよー。先生だもん、突飛なところからって言い出しかねないよー」
と池田氏と浦町。余談だが、この二人が、実は仲がいいのだと知ったのは、つい最近のことだったりする。
「東京メトロのホームからだったら面白いんだけどな」
「待て。それって、前島がこの間だした小説の内容まんまじゃん!」
「なんで平岡くんが知ってるの!」
「俺の情報網をなめるなよ」
前島の後輩から、すでに本を入手してある。偶然だったとはいえ、こんなところで繋がるとは、思いもよらなかった。
「先生の考えてること、よくわからないよ」
「先生ってそんなに不思議な人なの?」
後ろの方から、伊狩さんと横田さんの会話が聞こえてくる。
「すごいもなにも。授業中に倒れちゃうくらいすごいんだから」
「あ、そうなんだ。じゃあ大学の地下に秘密基地をつくって、そこに電車のホームをつくっていてもおかしくないね」
「それだったら、わタシ、もっと先生に惚れちゃうな」
いつの間にかそこに浦町が参加している。各々が思ったことを好き勝手に言い放っている姿が滑稽にすら思えた。
先生は聞いているのかあえて無視しているのか、一言も喋らず足を進めていた。
「で、先生、どこに向かっているんですか」
先生の横に移動し、歩を同調させる。
「まあまあ、そんなに焦らないで大丈夫だよ。ほら、こっちだから」
先生の向かう先には、僕らが授業を受けている校舎の姿があった。
灰色に滲んだ校舎は、しかしそれでもこのキャンパスでは一番新しく、何気に気に入っている建物であったりする。
「……本当に、教室だったりして」
おとすように呟くと、それが聞こえていた皆が目を丸くしながら、叫んだ。
「まさか! いくらなんでも先生だよ」
「あれ、でもほら、今のリレー小説もさ、教室のドアが別世界に続いてるって設定じゃなかったっけ?」
「そうそう。夕日の差し込むとある時刻に、ホワイトボードに会いたい人の名前を書くと、教室のドアからやってくるんだよね」
よく覚えている。ちなみに今の段階は、加奈子と秀一がその部屋で再会して、これからどうなるのかというシーンで終わっている。
「加奈子が書いたら美月がやってきたんだよねー」
「うわ、なんか授業に出てないから、今どんな感じで小説が進んでいるのか全然わからないよー」
浦町が右手で頭をくしゃくしゃと掻く。本当に悔しそうだ。
「浦町は利巧だな」
ラウンジで言った台詞を、少しの皮肉を込めて浦町に言うと、
「自惚れているがよいって言いたいの、平岡くん?」
と、横田さんが代わりに返事をした。浦町は意外すぎる、という表情で横田さんの横顔を見つめた。俺自身も、驚きの念を隠せない。
「浦町以外にも、太宰が分かる人間がいるとは……」
「わタシもびっくりだよー。横田さんも太宰好きなの?」
「うんにゃ、別に」横田さんはそう言って、首をひらひらと横に振った。「でもさ、今のところってけっこう有名じゃない?」
「意識しないと、覚えていないと思うなあ」
いやいやいや、と聞いていた前島が手を振る。デジタル一眼レフカメラが、さりげなくその黒いボディをアピールしていた。
「横田さんはすごいなあ。どこがって、そういうところを覚えようと思ったところが、私からしてみたらすごいことだと思うよ」
「うんうん」三上さんが、前島に同調して、言った。「ほら、リレー小説でも、ネタ満載のを書いてくる人いるやんか。前期でも誰かさんが書いとったし」
「それは私のことですか、三上さん」
池田氏は、しまった、という顔をしながら、しかしその声の調子は嬉しそうだった。
「どう考えてもお前のことだよな」
「それくらの方が楽しいと思いましてね。いかがでしたか?」
「悪くはないけれど、分からない人は完全に置いてきぼりにしそうな内容だったな」
「さいですか」
池田氏は聞き流すのではなく、軽い言葉ながらにも真剣に人の話に耳を傾けてくれた。根は真面目なんだよー、と浦町が以前池田氏のことを言っていたが、普段の言動からもそれを読み取ることは可能である。
「って、俺が言いたいことはそういうことじゃなくて。ネタ満載の小説を書くためにはさ、常にネタになりそうなことを受信するアンテナを周囲に向け続けなくちゃいけないだろ? 意識しないとネタになるって分からないじゃんか。そういうのが大切だよねってことだよ」
「平岡が珍しくいいことを言ってるな」
「先生、聞いてたんすか!」
ちょっと恥ずかしい。
「ほら、もうホームだよ。みんな、準備はいいかい?」
校舎の自動ドアは、もうすぐ目の前にまでやってきていた。

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